৩। তৃতীয় অধ্যায়
「……沈辺野?」
危険を察知した動物的な直感が、謝遠星(シエ・ユエンシン)に振り向くことを許さなかった。ただ、疑念を抱きつつ、ためらいがちに沈辺野(シェン・ビエンイエ)の名を呼ぶ。
沈辺野の様子はあまりに奇妙で、常軌を逸していた。そのため、背後の相手を刺激することを恐れて声を押し殺したが、よく聞けば、その落ち着いた口調の中に微かな動揺が混じっていた。
背後の男は何も答えない。寝室は静まり返り、薄暗い闇の中で、一つの手が謝遠星の腰のくぼみに置かれた。
不意打ちで腰を触れられ、謝遠星の身体は反射的に震えた。この異様な空気に耐えきれず、彼は沈辺野の手を振り払うと、自分のベッドへ向かおうとした。
それでもまだ振り返ることはできない。体格差を考えれば、争いになれば勝ち目がないことは明白だった。
だが、振り返らない彼を、無理やり振り返らせる者がいた。
謝遠星は背後に強大な力を感じた。バランスを失い、引き寄せられるように強制的に身体を反転させられる。そして、振り返った後の体勢を支えたのもまた、同じ手だった。
腰を掴む厚く力強い掌。節くれだった長い指が、薄い衣類の上から腰のラインをなぞるように這っていく。
肌の至る所を触れられる感覚は、抱擁というよりは、何かを検分し、囲い込もうとする行為に近かった。プライベートな領域を侵食され、まるで翼を掴まれた鳥や、急所を抑えられた蛇のように、彼は逃げ場を失った。そこには、暗闇に紛れた言いようのない狎れ馴れしさが漂い、謝遠星は自分がまるで誰かに愛玩されているかのような屈辱を覚えた。
謝遠星は奥歯を噛み締め、怒りを滲ませた声で言った。
「沈辺野、一体何を発狂してるんだ?」
ようやく口を開いた沈辺野の声はかすれており、微かな吐息混じりにこう呟いた。
「痩せすぎだよ、星星(シンシン)」
「どうしてこんなに痩せてしまったんだ。可哀想に」
この男は、何を言っているんだ?
……勝手に自分を何と呼んだ?
あまりの信じられなさに、謝遠星は呆然とした。次の瞬間、脳裏に激しい怒りが駆け巡り、耐えようと固く握りしめていた拳が、思わず沈辺野へと振り下ろされた。
「ふざけるな、誰がお前にそんな呼び方を許可した!」
しかも、あの口調で。あの言い方で。くそっ。
謝遠星の胸は激しく波打ち、振り下ろした拳は細かく震えていた。顔を背け、表情の窺えない沈辺野を見つめ、ようやく自分が衝動的な行動に出たことに気づく。
自分には騒ぎを起こす余裕などない。
指を握り直し、謝遠星は怒りを抑え込んで言った。
「悪かった、手を出したことは謝る」
謝罪の言葉だが、その口調は冷徹だった。
「怒っているなら殴り返せばいい。だが、二度と俺を星星なんて呼ぶな」
沈辺野の意識はすでに混濁していた。突然訪れた易感期(イカンキ)の波が、彼を本能のままに突き動かしていた。
彼は舌先で赤らんだ頬の内側を押し、鋭い痛みを覚えた。だが、沈辺野はあざ笑うように口角を上げた。
「殴り返せ?」
「そうだな、殴り返さないとな」
彼が近づいてくる。謝遠星はその場を動かず、目を閉じて一撃が下されるのを待った。
次の瞬間、身体が宙に浮いた。腰を抱え上げられ、謝遠星が状況を理解する間もなく、彼はテーブルの前に運ばれ、テーブルに向かってうつ伏せに押し付けられた。
謝遠星は目を見開いた。
「何を……!」
手をついて身体を起こそうとするが、腰に回された沈辺野の腕が、彼を逃さぬよう強く圧迫していた。どれほど力んでも、その拘束は微動だにしなかった。
沈辺野が筋トレを趣味にしていることは知っていた。たまに寝室で上半身を晒しているのを見たこともある。その隆々とした筋肉と、しなやかで力強い腕。
だが、その内側に秘められた真の力を、彼は今、まざまざと突きつけられていた。
謝遠星は顔を真っ赤にして激しく抵抗し、蒼白だった頬には血が上った。こめかみが怒りでピクピクと跳ねる。
「沈……」
パチン――。
乾いた硬質な音が、謝遠星の言葉を遮った。一瞬の硬直。その後、彼は目を限界まで見開いたが、瞳孔は恐怖に収縮した。
叩かれた……。
尻を叩かれたんだ……。
沈辺野は彼の尻を軽く叩き、なでるようにして、ねっとりとした声で言った。
「俺が星星と呼ぶのが嫌なら、赤ちゃん(宝宝)と呼ぼうか?」
「お前、頭がおかしいのか!」
謝遠星は狂ったように暴れた。手で支えられなければ、足で沈辺野を蹴りつけ、手足を使ってこの屈辱的な状況から脱出しようと必死になった。
あまりの抵抗に、沈辺野の抑えが緩む。しかし謝遠星もまた、完全な自由を得ることはできず、かろうじて身体を反転させるのが精一杯だった。
沈辺野の大きな身体がテーブルの前に立ちはだかり、逞しい腕がテーブルの両端を支える。その閉鎖的な空間の中に、謝遠星は閉じ込められていた。
謝遠星は怒りに燃える瞳で、激しい抵抗と苛立ちで赤らんだ顔を沈辺野に向けた。
彼は沈辺野の襟首を掴み、その眼差しを射抜くように言った。
「自分が誰だか分かっているのか? 発狂するにも限度があるだろう」
沈辺野の様子から、彼が正気ではないことは分かっていた。それでも謝遠星は、沈辺野にはまだ理性が残っているはずだと信じたかった。
沈辺野は抵抗せず、謝遠星に襟を掴まれるまま、彼の目の下の赤みに視線を固定して、問いとは噛み合わない言葉を吐いた。
「赤ちゃんのこのホクロ、赤くなってる」
可愛い、本当に可愛い。
彼はさらに距離を詰め、唇をわずかに開いた。まるで……舐めようとするかのように。
謝遠星は瞳孔を収縮させ、勢いよく相手を突き飛ばした。
「沈辺野、お前、熱で脳が焼き切れたのか!?」
「俺が誰か、分かっているのか!」
頭上で短い笑い声が響く。それは揶揄と挑発を含んでいた。
謝遠星の顎が掴まれた。沈辺野の力は強く、痛みさえ感じるほどだった。避けることもできず、その力に任せて左右に顔を振らされる。
沈辺野はこの顔を検分するように、顎を掴んだ親指でなぞった。
「はっ、俺が誰とお前を見ているか、分かっているさ」
謝遠星は沈辺野の手を叩き落とそうとした。
「分かっているなら離せ」
「ベータのふりをして、俺を誘惑するオメガ」
二人の声が重なった。謝遠星はこめかみをピクつかせ、我慢に我慢を重ねた末、ついにその言葉を吐き出した。
「馬鹿野郎」
彼は顔を背け、うなじの髪をかき上げて、白く滑らかな首筋を露わにした。
「熱だろうが、クソみたいな易感期だろうが関係ない。よく見ろ、俺はベータだ」
「病気なら病院に行け。ここで発狂するな」
沈辺野の状態は明らかに異常だった。謝遠星も馬鹿ではない、ただの熱ではないことは察していた。易感期が来たのだと。
そう言って彼を離そうとしたその時、背後から手が伸び、謝遠星の手の甲をかすめると、強引に指を絡め、拒絶を許さない力で握りしめた。
熱を帯びた吐息が謝遠星のうなじにかかり、その小さな皮膚を焼き尽くそうとする。謝遠星は鋭い危険を感じ、声を荒らげた。
「沈辺野、お前……っ!」
言葉は喉に詰まった。謝遠星は反射的に頭を仰け反らせ、唇を開き、苦痛に満ちた喘ぎを漏らした。
沈辺野は眼下の抵抗をすべてねじ伏せ、その白く滑らかなうなじに執着するように顔を埋めた。犬歯でその皮膚を愛おしげに磨き、次の瞬間、容赦なくその肉を貫いた。
沈辺野は熱い吐息混じりに、不明瞭な声で囁いた。
「赤ちゃん、フェロモンがミルクの味がする。すごく甘い」
謝遠星には甘さなど感じられなかった。彼はオメガではなく、うなじに腺体などない。噛まれたことによる激痛が脳を支配していた。
血が流れている。あまりの痛みに、息を吸い込むことしかできない。それなのに、加害者は彼を甘い、香りがいい、フェロモンが心地いいと褒めちぎる。謝遠星はあまりの怒りに、何と言っているのかも分からず罵声を浴びせた。
「香るか、この野郎! くそっ」
「オメガとベータの区別もつかないのか、この馬鹿野郎」
「沈辺野、お前……っ、うっ……!」
沈辺野は片手を空け、感覚を頼りに謝遠星の口を塞いだ。その強硬な態度とは裏腹に、声は優しかった。
「しーっ、汚い言葉は使わないで」
「もう一度汚い言葉を吐いたら、指を口の中に突っ込むよ」
荒い指先が、柔らかな唇をなぞり、押し広げる。入り口を探すように。
「どうかな、試してみる? 楽しいよ」
謝遠星は奥歯を噛み締めた。目からは火が噴き出しそうだったが、結局、屈辱を飲み込んで口を閉ざした。
変態だ。関わってはいけない。
沈辺野は彼が沈黙したのを確認すると、一心不乱に「仕事」を続けた。唇と歯でその滑らかなうなじをすり潰し、滲み出た血の雫を舌先で吸い上げる。鉄錆の味が口腔に広がるが、それが沈辺野を冷静にさせることはなく、むしろ瞬時に興奮を加速させた。
彼は自身がつけた噛み跡を繰り返し舐め、犬歯で磨き、擦り付けた。下で細かく震える身体。沈辺野は細い首を半分ほど握りしめ、喉仏が手のひらの中で上下に滑る感触を味わっていた。
沈辺野は謝遠星のうなじの傷を牙で研ぎながら、憐れむようなため息を漏らした。
「そんなに震えて、可哀想に、赤ちゃん」
謝遠星の目元が赤くなる。沈辺野が再び噛みつこうとする気配を感じ、ついに彼は懇願した。
「首を噛むな……もうやめてくれ、痛いんだ、沈辺野、頼むから」
「……本当に、痛いんだ」
声も震えていた。泣き声ははっきりとはしないが、震える声の端々にそれが滲んでいた。
沈辺野の動きが止まる。彼は謝遠星を仰向けにし、指を目尻に添えて低く聞いた。
「泣いたのか? どうしてそんなに可哀想な顔をするんだ、赤ちゃん」
謝遠星は不快そうに顔を背けた。
「泣いていない。噛み足りたなら、離せ」
彼の言う通りだった。実際に涙は流れていない。窓から差し込む月明かりの下、沈辺野が見た彼の顔に濡れた跡はなく、ただ目元が赤く染まっているだけだった。
そして、もう一箇所、赤く染まっている場所があった。最初から沈辺野を誘惑し続けていた場所。謝遠星が顔を背けた姿勢は、沈辺野にそこをより鮮明に見せていた。
あの小さな涙ボクロ。もし舐めたら、そこから涙が溢れ出てくるのだろうか?
沈辺野は好奇心に駆られ、そこに視線を釘付けにした。少しずつ、ゆっくりと距離を縮める。謝遠星を驚かせないよう、呼吸さえも押し殺して。
舐めさせてくれ。一口でいい。味見をさせてくれ。それでいいから。
二度も拒絶されたんだ、今度こそ……舐めさせてくれるはずだ。
彼はなぜ謝遠星が自分に涙ボクロを舐めさせる必要があるのか、この行為がいかに狎れ馴れしく卑猥なものかなど、考える余地もなかった。易感期の熱が彼の理性を焼き払い、脳内は霧に包まれていた。ただ、あの涙ボクロだけが彼を誘い、目の前で鮮明に浮かび上がっていた。
前触れもなく。
その涙ボクロを味わう直前で、沈辺野は意識を失った。
意識が完全に闇に落ちる直前、彼の胸をかすかな後悔がよぎった。
ちっ、また味わえなかった。